日常の「空き」可視化から防災インフラへ。テクノロジーとエンタメで挑む、人と空間を優しくつなぐ防災の未来

2026年8月20日に開催された 「第8回 DEA LABO Meetup」のレポート記事です 。「日常の「快適」を有事の「命綱」に」を題材に 、河野剛進氏らのセッションの様子をお届けします。エンターテイメントを活用した社会課題解決の最前線をご覧ください
日常におけるちょっとした混雑や無駄な待ち時間。それをテクノロジーで解決しようと始まったアプローチが、今や災害時の安全を守る防災インフラとして大きな進化を遂げています。
今回開催された「DEA LABO meetup」では、あらゆる空間のリアルタイムな空き状況を可視化するサービスを展開している、株式会社バカン 代表取締役の河野氏をお迎えしました。同社は日常で使われている混雑可視化の仕組みを、そのまま災害時の避難所管理や混雑把握に応用し、平時から災害時まで人々の快適と安全を支える取り組みを展開しています。
イベントの後半では、ピクトレの新たな取り組み「防災チャンピオンシップ」についても議論が交わされました。「義務」として捉えられがちな防災を、いかに「日常のエンターテインメントや楽しみ」へと変換し、地域の防災意識を底上げしていくのか。高い志と現場での具体的な実装・仕組みを交えながら語られた白熱のセッションを詳しくお届けします。
創業の原点は「無駄な待ち時間」の解消。混雑可視化からスタートしたバカンの歩み
バカンという社名は、英語の「Vacant(空いている)」という言葉に由来しています。現在でこそ防災分野での取り組みも広く知られる同社ですが、創業当初は防災を専門としていたわけではありません。原点にあったのは、日常の「空き状況」を可視化するという極めてシンプルな課題意識でした。
創業のきっかけとなったのは、河野氏自身が経験したご家族との苦い日常体験でした。
河野氏:「家族で商業施設へ出かけた際、施設内が非常に混雑していました。どこに行けばランチが食べられるのか、どの店舗が空いているのかが全くわからない状態のまま待たされることになり、待っている間に子どもが泣き出してしまったのです。結局、妻と『もう帰ろうか』という話になり、せっかくの外出自体が嫌になってしまったことがありました。これは非常にもったいないことだと感じました」
ランチに限らず、オフィスや駅のトイレ、投票所、公共施設、観光地の駐車場など、現地に行ってみなければ状況がわからない場所は世の中に数多く存在します。もしこれらの空き状況があらかじめ可視化されれば、無駄に待つ時間が減り、人々の心にゆとりが生まれます。そのゆとりが他者への優しさにつながるような連鎖を生み出したいと考えたことが、事業立ち上げの原動力となりました。
バカンでは、トイレの個室や駅の窓口、観光地の駐車場などのリアルタイムな混雑状況を可視化するサービスを展開してきました。例えばJR東日本との取り組みでは、東京駅や上野駅、新宿駅などでみどりの窓口の混雑可視化や統合的な利用体験の実証実験を行っています。
しかし、施設や設備ごとに提供形態が異なると、システムは複雑化してしまいます。そこでバカンが強みとしているのが、多種多様なデータを裏側で統一して処理する統合プラットフォーム技術です。
河野氏:「商業施設、オフィス、駅、さらには災害時に避難所へと変わる小学校など、空間の形態は多種多様です。また、設置される設備も座席、待ち列、個室トイレなど多岐にわたります。これらを検知するセンサーも、IPカメラ、ステレオカメラ、さらには1秒間に数百万点を計測する3D LiDARまで様々です。これらを個別に対応すると複雑になりすぎるため、当社ではあらゆるセンサーや空間状態をシンプルに統合解析・予測できるプラットフォームを構築しています」
また、サービスのデザイン性も同社が大切にしている要素です。取締役メンバーにデザイナーを配し、日本人だけでなくグローバルな視点でも直感的に理解できるUI/UXを追求しています。例えば混雑度を示す際、日本で馴染みのある「○・△・×」といった表記は海外では意図が正確に伝わらないことがあります。国籍や文化を問わず、信号機のように一目で状態が理解できる直感的なデザインが施されています。

日常のサービスがそのまま災害時に活きる。「フェーズフリー」な防災へのアプローチ
日常の混雑可視化からスタートしたバカンの技術は、やがて防災という領域へも広がっていくことになります。同社が防災分野において大切にしている価値観は、「日常で使っているサービスが、そのまま災害時にもつながって使える」ということです。これはフェーズフリーの概念にも通じます。
2020年、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっていた頃、バカンが飲食店向けに展開していた地図上で混雑がわかるサービスを目にした東京都多摩市から「この技術を災害時の避難所開設や混雑把握に使えないか」という相談が寄せられたことが、防災事業本格化の大きな転機となりました。
災害が発生した際、避難所が開設されてもどこが空いていて、どこがいっぱいなのかが分からなければ、避難者がたらい回しにされる事態が発生します。避難者にとっても、受け入れる自治体職員にとっても、このような混乱は大きな負担となります。あらかじめスマートフォンやWeb上で避難所の空き状況が確認できれば、避難者は迷うことなく空いている場所へ移動できます。
多摩市での取り組みを皮切りに、同年に発生した台風の際には宮崎県日南市などで実際の災害対応として運用され、その有用性が証明されたことで全国の自治体へと急速に広まっていきました。現在では避難所の開設・可視化において、人口比で日本全体の20%近くをカバーするまでに至っています。
山田:「元々はまったく防災をやっていなかったところから、日常の課題解決の延長としてサービスが災害時にも役立っていく流れは非常に興味深いですね」
河野氏:「当初は飲食向けや商業施設向けとしてスタートしたサービスが、結果として災害時にも使えることが分かりました。だからこそ、日常と災害時を地続きでつなぐ仕組みを作ることが自分たちの役割だと考えるようになりました。日常的に使われているインフラや仕組みだからこそ、いざという緊急時にも迷わず機能させることができます」
現在では商業施設での利便性向上にとどまらず、阪急阪神ビルマネジメントとの取り組みによる梅田エリアでの大規模なトイレ混雑可視化や、新幹線(N700S)車内のビジネスブースにおける一時予約・ロック機構の提供など、移動や空間の快適性を高める日常のサービスが多様な形で実装されています。

「空間」から「人」へ。災害時におけるきめ細やかな情報連携と実装
避難所の「空き状況」という空間の可視化から始まったバカンの防災への取り組みは、さらに一歩進み、「誰がどこに避難しているのか」という“人”に着目した情報収集・管理の仕組みへと拡張を続けています。
従来の避難所管理では、避難所にどれだけの人がいるかという大まかな人数把握にとどまることが多く、避難者一人ひとりの属性や細かなニーズまではリアルタイムに把握できませんでした。しかし、支援を真に行き届かせるためには、そこにどのような人がいるのかという具体的な情報が不可欠となります。
河野氏:「避難所にいる方々がどのような属性なのか、どのような手助けを必要としているのかを把握できれば、必要な物資の供給や人員配置をより正確に行うことができます。これを実現するために、現在は政府の支援や自治体、研究機関と連携しながら、避難者の属性情報を簡便に収集できる仕組みの開発を進めています」
この取り組みをアップデートするにあたり、大きな教訓となったのが現場の実態でした。当初はスマートフォンアプリを通じた一元的な情報登録を想定していましたが、実際の被災地に足を運び、自治体職員や被災者の声を聞く中で、単一のアプリだけに頼る「スーパーアプリ化」では限界があることが浮き彫りになりました。
河野氏:「現地で話を聞くと、高齢者の方、海外から来られた方、あるいはスマートフォンの操作に慣れていない方など、多様な人々が存在します。アプリをひとつ入れれば解決するという単純な問題ではありませんでした。そのため、日常的に使い慣れているLINEからの入力に対応したり、通信が不安定な現場でも運用できるよう、一時的に端末内にデータを保存してOCRで読み取り、通信復旧後に自動連携するような災害特化型の機能を開発しました」
特に2024年の能登半島地震においては、被災現場の厳しい現実と向き合いながら開発が加速度的に進められました。奥能登地域の現場に入り、被災自治体の職員や現地の方々と対話を重ねる中で、避難所の「開設」だけでなく「閉鎖(閉所)」の推移をいかに管理するか、写真付きで現地のリアルな状況を域内で共有できるようにするかといった、極めて実践的な機能が次々と形作られていきました。
通信が遮断されるような過酷な環境下であってもデータを損失させず、現場の運用を邪魔することなく記録を残すこと。これらは、机上の理論ではなく被災地の現実から抽出された現場主義のシステム実装と言えます。
情報の分断を防ぎ、「災害関連死」を抑制する広域連携の重要性
被災地においてデジタル化が進むことで得られる最大のメリットは、作業工数の削減だけでなく、「情報のリアルタイム化」と「遠隔地からの情報参照」が可能になる点にあります。
従来の災害対応では、各避難所からの報告が紙や電話、あるいは本部壁面のホワイトボードやポストイットで管理されることが一般的でした。この方法では、災害対策本部に人が集まらなければ全体像を把握できず、過去の対応履歴を分析することも困難です。また、首長や幹部職員が現地視察や別の対応で本部を離れている際、情報共有にタイムラグが生じるという課題もありました。
河野氏:「デジタルで集約された情報は、適切な権限を持つ人であればどこからでもリアルタイムで確認できます。都度集計してレポートを作成する手間が省け、意思決定のスピードが格段に上がります。また、対応の履歴がデータとして残るため、災害発生後の事後検証や分析にも大きな効果を発揮します」
さらに重要なのが、避難所の情報連携不足に起因する「災害関連死」の抑制です。能登半島地震などの分析においても指摘されているように、被災者の状態やニーズに関する情報がスムーズに連携されていれば、防げた事態が存在していた可能性があります。
河野氏:「現場の職員や支援団体の方々は、目の前の対応に全員が必死で取り組んでいます。しかし、情報が届かないために、本来届けられるはずの医療支援やケアが遅れてしまうことがあります。私たちは直接医療行為を行えるわけではありませんが、情報の力を使って分断を防ぎ、悲しい被害を少しでも減らしたいという強い思いで開発を続けています」
大規模災害が発生した場合、市町村などの基礎自治体単体だけで対応を完結させることは非常に困難です。広域での自治体連携や、関係機関、民間パートナーが円滑にデータを共有・活用できる標準化された情報基盤の構築が不可欠となります。
現在は文部科学省の支援や、防災科学技術研究所、日本政策投資銀行(DBJ)などの有識者や専門機関とタッグを組み、複雑な災害情報を標準化して円滑にやり取りできる仕組みづくりが進められています。
亀山氏:「被災現場ではどうしても情報が寸断されがちですが、広域で連携できる基盤があれば、応援に入る側も速やかに状況を把握して動くことができますね」
河野氏:「その通りです。現場で集めた一次情報を整理・標準化し、広域自治体や支援団体へスムーズにつなぐことで、地域全体の防災対応力を底上げしていくことを目指しています」
遊びの力で街の防災設備を可視化する「防災チャンピオンシップ」
イベント後半では、社会課題解決とエンターテインメントを融合させた、まったく新しいアプローチである「ピクトレ防災チャンピオンシップ2026」の取り組みが紹介されました。
この取り組みは、ゲームの仕組みを活用し、参加者が街の中にある防災関連設備をスマートフォンのカメラで撮影して位置情報とともにマッピングしていく市民参加型の防災啓発イベントです。

山田:「街の中にある18種類の防災関連設備を見つけたら写真を撮り、位置情報と外観画像を集約していく取り組みを全国規模で実施しています。例えば、消火栓ボックスやマンホールトイレ、耐震性貯水槽など、日常の中に隠れている防災設備が対象です」
この「防災チャンピオンシップ」では、全国1,741の自治体を対象に、2026年時点の推定人口データを用いて総獲得ポイントを人口で割る独自ルールのランキング制度が導入されています。単純な人口の多さに依存せず、人口の少ない町村であっても住民の参加率が高ければ全国1位を目指せる設計となっています。
山田:「人口で割る算出方法を採用しているため、すべての街に日本一になるチャンスがあります。例えば、現時点では東京都檜原村が上位にランクインするなど、非常に面白い結果が出ています。また、9月1日から始まる避難訓練シーズン』では、見つけた防災設備の近くへ移動してチェックイン(位置情報登録)することでポイントが入る仕組みを追加し、日常的に近くの防災設備へ足を運ぶ行動を促しています」
ゲームの要素を介することで、参加者の街の見え方は劇的に変化します。普段何気なく通り過ぎている電柱や道路の脇に、数多くの消火栓ボックスや防災設備が存在していることに気づかされるようになります。
河野氏:「実際に参加してみると、街のどこに何があるのかという発見がありますよね。小学校などの主要な避難所は知っていても、すぐ近くにある細かな設備までは把握していないことが多いものです」
山田:「そうなんです。消火栓ボックスが街の中にこれほどたくさんあるのかと驚きますし、同時に『これだけあっても一度も使ったことがないな』という意識の芽生えにつながります。日常の中にこうした気づきが生まれること自体が、防災意識を高めるきっかけになります」
自治体同士の対抗戦や個人ランキング、設備ごとに「マンホールトイレ王」といったエンタメ的な称号要素を設けることで、義務感から行うのではなく「遊びの延長」として防災知識と街のデータを収集していく。これこそが、「義務を文化へ」と転換していくための実践的な試みとなっています。
要配慮者に寄り添う「人」のアプローチ──平時の備えから実現する持続可能で優しい街づくり
防災対応において、今後最も重要なテーマとなるのが「要配慮者への個別の支援」です。高齢者や障がい者、持病がある人など、個別の事情に応じた支援をどのように届けるかが問われています。
河野氏:「防災において本当に重要なのは、その人自身のことを知るということです。支援が必要な人と言っても、常に特別な支援が必要なわけではありません。例えば海外の方でも英語が話せる人が近くにいれば支援は不要な場合もありますし、特定の薬さえ手元にあれば問題なく過ごせる方もいます。その人がどういう状態になったら支援を求めるのかという情報を、僕たちとしては集めていきたいと考えています」
会場の参加者からも、マンション防災における現実的な課題が提示されました。近隣の指定避難所だけでは収容人数に限界があり、在宅避難を推奨せざるを得ない現状や、避難生活における質の問題です。

亀山氏:「東日本大震災の際も、障がいのある方が避難所に入れず、自宅で過ごさざるを得なかったケースがありました。人側にアプローチして、どのように避難生活の質を高めていくかという視点は非常に大切ですね」
河野氏「支援が必要な方の状況は一人ひとり異なります。重度の方で移動自体が困難なケースもあれば、特定の条件さえ整えば自立して過ごせるケースもあります。現在はそうした個別の状況に対する支援がまだ十分ではありません。情報を適切にコーディネートすることで、災害関連死を少しでも減らしたいと考えています。これは決して公開するための情報ではなく、緊急時に本当に必要な人にのみ届く厳格な仕組みとして作っていく必要があります」
日常の混雑可視化から始まったバカンの技術は、避難所の可視化、一人ひとりのニーズに応じた支援、そして人々に寄り添う個別の情報連携へと深化を遂げています。
亀山氏:「街づくりそのものにソフトの面から関わっていけそうですね」
河野氏:「継続性のある優しい街を目指していきたいと考えています。そこで暮らす人、働く人、そして対応にあたる自治体職員の方々が無理なく続けられ、防災に強い仕組みを広げていきたいです。」

さいごに
日常の「待つ時間」を解消する混雑可視化からスタートした株式会社バカンの取り組みは、テクノロジーとデザインの力で平時/有事の垣根を超えた「防災インフラ」へと成長を遂げています。避難所の可視化から要配慮者に寄り添う情報共有、そして「ピクトレ防災チャンピオンシップ2026」によるエンターテインメントを通じた防災意識の底上げまで、地域防災のあり方は大きく変わりつつあります。テクノロジーと遊び心が交差する先には、誰にとっても持続可能で優しい街の未来が広がっています。
※当日の様子はこちらの動画をご覧ください。
※「フェーズフリー」は、一般社団法人フェーズフリー協会によって管理・運用されている登録商標です。フェーズフリーとは、防災と日常生活を切り離して考えるのではなく、普段から利用するモノやサービス、空間等に防災機能を取り入れる考え方のことです。
■関連リンク
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